2011年12月20日火曜日

前回の授業の感想

前回の授業の中で、トイレに関する話題がありました。そこで、日本で使用されているトイレの音を聞こえないようにするための装置が紹介されていました。それは水の流しすぎを防ぐために設置されたということのようですが、その装置を使うことによって電気を使用することになるので結局、費用がかかってしまうから良くないなと思いました。皆が音を気にしなくなれば費用がその分かからなくて済むようになると思いますが、それは難しいでしょうか。
 また話は変わりますが、前々回の授業の中で授業中の私語についても話題に挙がっていました。私は近辺で一緒に授業を受けている友達が私語をしていて気になった経験はありますが、それを注意できたことはありませんでした。しかし、今回グループで話し合ったことで、気が知れている仲間だからこそ、気軽に「うるさいよー」とこれからは言ってみようという風に思えるようになりました。今年の演習Ⅱの授業も残り1回となりました。早いものです。また更新します。

2011年12月1日木曜日

視点について

とても久しぶりに更新します。
最近授業を受けていて気付いたことがあります。
それは問題点に気付く「視点」が無ければ、テレビもただ流れたままを見て受け止めることになってしまうし、出来事についても、あんなことがあったねーという風に受け止めるだけになってしまうということです。当たり前かもしれないですが、気付く視点があることでものの見え方が違ってくるんですね。
マスデン先生が演習の授業の中で提案してくださる映像資料は、普段何気なくテレビで流れているニュースの中からも取り上げられていることも多く、私は全くそれらに疑問等を持つことなく見ていたので、そこに気付けるようになりたいと思いました。

2011年5月15日日曜日

その2

 前回の投稿の続きです。

(水俣病に関してどのような取り組みがされたのか)
 ①健康被害に対して
1 水俣病の認定
昭和44年、新しく法律がつくられ、水俣病患者の救済が行われることとなりました。認
定審査会(大学の先生など、専門の医師で作られる会議)の審査を受けて、国や県から水俣病と認め
られた人に対しては、チッソから医療費や介護手当などが支払われ、医療と生活の補償が行われて
います。
2 水俣病総合対策医療事業の実施
水俣病とは認定されないものの、水俣病発生当時、水俣湾周辺に住んで魚をたくさん食べ、水俣病
にもみられる症状(両手両足の感覚が鈍くなる症状やその他の神経症状)がある人に対しては、熊本
県や鹿児島県から医療費などの支給が行われています。対象者は、平成22年3月31日現在で、
27,041人となっています。
②環境汚染に対して
1 仕切網の設置
水俣病が発生した後、水俣湾内の魚を捕ったり食べたりしないように指導が
行われていましたが、昭和49年、県は汚染魚を水俣湾内に閉じこめる仕切網を
水俣湾入口に設置しました。仕切網内に閉じこめられた汚染魚は、捕まえられて処分されました。
2 水俣湾の環境復元(埋め立て工事)
さらに昭和52年、県は水俣湾内の海底に積み重なった水銀を含んだ大量のヘドロを取り除き、こ
れを堤防の内側に封じ込んで埋め立てる工事を始めました。この工事は平成2年に終了しましたが、
終了までに14年の期間と485億円が費やされ、58.2ha(福岡ドーム約8個分)におよぶ広大な埋
立地ができました(表紙写真)。埋め立て工事の結果、水俣湾は昔のようなきれいな海となり、泳いだ
り、遊んだりすることもできるようになりました。
③差別・偏見に対して
水俣・芦北地域の再生と地域住民間のきずなを取り戻すことを目的として、*もやい直しセンターが
建設され、人々の交流の場として、また、地域保健・福祉の中心として利用されています。
また、水俣病問題や環境問題について学ぶために、埋め立て地の隣に水俣病資料館・水俣病情報
センター・環境センターが設立されました。水俣病資料館は、*語り部による話など水
俣病の歴史や教訓を伝える活動、水俣病情報センターは、水俣病に関する情報収集
や研究など、環境センターは、様々な環境問題についての学習指導を行っています。
最近では、これらの施設に全国から多くの小中学生が訪問し、環境学習の場とし
て利用されています。

※もやい直しとは・・・
 もやいとは、もともと船をつなぐことや人と人が支え合い一緒に何かをすることです。水俣では、壊れてしまった人と人との関係、自然と人との関係をもとの良いようにしていくことを「もやい直し」と言っています。

(水俣湾の魚介類の水銀は現在どうなっているのか)
 チッソ水俣工場によるアセトアルデヒドの製造中止や、水俣湾の海底に積み重なっ
たヘドロを取り除いて埋め立てる工事、水銀に汚染された魚介類を捕まえて処分する
ことにより、水俣湾の魚介類に含まれる水銀の濃度は次第に低下しました。
平成9年、県は水俣湾の魚介類に含まれる水銀の濃度が3年連続して国の基準を下回ったた
め、水俣湾の魚介類は安全であると宣言し、水俣湾の入口に設置していた仕切網を全て取り除
きました。その結果、人々は水俣湾の魚を捕ったり食べたりすることができるようになりました。
現在も、県は水俣湾の魚や海水に含まれる水銀の濃度について調査を続けていますが、その濃度は国が定めた基準を下回っています。


(水俣病から学ぶことは何だろう)
 ①人の命・健康や環境を大切にする
水俣病が発生した頃は、多くの工場では利益を増やすことが優先され、人々の健康や環境を守ることは後回しにされがちでした。その結果、水俣病をはじめ、多くの公害が日本各地で発生しまた。私たちは、人の命・健康や環境を何よりも大切に考えなければなりません。
 ②公害は起こる前に防ぐ
公害がいったん起こると、それによって失われた人の命や健康は取り返せません。しかも、破壊された環境をもとどおりにすることは、大変困難なことです。私たちは、公害を絶対に起こしてはいけません。そのためには、何よりも公害を起こさないよう日頃から注意しておくことが大切です。
 ③公害が発生した時は、被害が広がらないようにする
水俣病は、原因がすぐにははっきりしなかったこともあり、多くの水俣病患者が発生しました。私たちは、健康被害や環境汚染などの公害が発生した時は、原因を早く見つけることはもちろん、被害が広がらないよう努めなければなりません。
 ④一人ひとりが環境を守る努力をする
水俣病は、工場排水と一緒にメチル水銀が水俣湾へ流されたことにより発生したのですが、私たちも毎日の生活で、気がつかないうちに環境を汚し、環境破壊の原因を作っているかもしれません。私たちは、一人ひとりが、海や川などにゴミを捨てたり、汚れた水 を流したりしないようにして、環境を守る必要があります。
 ⑤正しい知識を持ち、差別や偏見をなくす
水俣病がどのような病気なのか人々に正しく理解されなかったために、被害者や家族は差別・偏見を受け、大変つらい思いをしました。私たちは、水俣病に限らず何事においても、正しい知識を持つとともに、被害を受けた方の立場に立って考えることが大切です。


(自分の感想)
 私は今回この資料を読んで初めて水俣病について知ったことがほとんどでした。極端に言えば”水俣病”という名称しか知っていませんでした。私たちが身近に命をもらっている魚からメチル水銀が人体に入って起きる病気ということですが、これは決して過去に起きた出来事としてではなく、今も続いており、これに類似した公害も発生しうると私たちは考えていなければならないことだと思いました。私たちの生活が便利になっていけばいくほど環境や他のものが犠牲になっていくのであれば、私たちは今の便利な生活を少しずつでも古来の人間の生活に戻していくようにするべきではないかと私は考えます。3月11日に発生した関東大震災での原発事故の影響もあり、今年の夏はますます電力が不足すると見込まれています。これまでであれば暑いからクーラーをガンガンかけるところを窓を開けて自然の風や川・打ち水で涼しさを味わってみたり、汗をかきたくないから近所のスーパーまでわざわざ車で出かけるところをを自転車や徒歩にしてみたりすることができると思います。とは言ってもなかなか便利なことをいきなり変えることは難しいと思います。しかし”少しずつ”・”できることを”していけば無理なことはありません。環境のためにも、私たち自身のためにも日々の中でこれらのことを意識するべきだと思います。趣旨がずれてしまいましたが、実際に現地に行くことができることがとても良い体験になると思います。マスデン先生、機会を作ってくださってありがとうございます。

水俣病についての予備知識

 いよいよゼミ旅行が来週に行われますが、水俣病についての基本的な知識を調べてみたのでここに紹介しようと思います。


(水俣病はどのようにして発生したのか)
 水俣病は、昭和31年(1956年)に熊本県水俣市で最初に確認されました。
水俣市にあるチッソ水俣工場は、日本でも大きな化学工場として、様々な化学製品
を作っていましたが、その原料(アセトアルデヒド)を作るときに毒性の強い*「メチル水銀」
が発生し、工場排水と一緒に水俣湾へ流されました。流されたメチル水銀は、魚介類(魚や貝の
こと)に取り込まれ、その魚介類を人々が長い間たくさん食べたことにより水俣病が発生しました。
昭和40年(1965年)には、新潟県の阿賀野川流域で水俣病と同じ病気が
発生しました。これは、昭和電工鹿瀬工場の排水に含まれていたメチル水銀に
よるもので、新潟水俣病(第二水俣病)と呼ばれています。

※メチル水銀とは・・・
水銀には、無機水銀・有機水銀があります。水俣病を引き起こしたメチル水銀            は有機水銀の1つで、大変
 強い毒性を持っており、以前は農薬などに使われていました。 一方、無機水銀は、有機水銀より毒性は
低く、蛍光灯やボタン電池、体温計、血圧計など、私たちの身近なところで使われています。


(水俣病とはどのような病気なのか)
 水俣病の主な症状としては、両手両足の感覚が鈍くなる、動きがぎこちなくなる、
目が見える範囲が狭くなる、耳が聞こえにくくなる、言葉がはっきりしなくなるなどが
あります。人それぞれによって症状や程度が異なります。発生当初のとても症状が重
い人では、けいれんを起こしたり、意識不明になって亡くなることもありました。これらの症状は、
体内に取り込まれたメチル水銀が、脳や神経に障害を与えることにより引き起こされました。
また、妊娠している母親の体内に入ったメチル水銀が、へその緒を通じておなかの中の赤ちゃ
ん(胎児)へ取り込まれ、生まれながらに水俣病の症状をもった赤ちゃん(胎児性水俣病患者)も
見られました。
水俣病はメチル水銀による中毒症であり、空気や食物を通じて人から人へうつることはありま
せん。また、遺伝により発生することもありません。もちろん、水俣地域特有の病気(風土病)で
もありません。
メチル水銀により一度壊れてしまった脳の細胞を元通りにすることは困難
です。このため水俣病を治すことができる治療法は無いと言われており、
一時的に症状をやわらげる治療が主になっています。


(水俣病が発生してからどのような被害があったのか)
 ①健康被害
水俣病患者は、水俣湾周辺を中心とする八代海沿岸と新潟県阿賀野川流域で発生
し、多くの人々が水俣病による健康被害に苦しみました。水俣病と認められた患者の
数は、平成22年3月31日現在で2,967人に上っており、被害者の苦しみは、今なお続いています。
 ②環境汚染
チッソ水俣工場の排水により、水俣湾には水銀を含んだ大量のヘドロが海
底に積み重なり、環境が汚染されました。海底に積み重なったヘドロの厚さ
は、4mに達するところもありました。また、水銀によって水俣湾の魚介類は汚
染され、人々は魚を捕ったり食べたりすることができなくなりました。
 ③差別・偏見
水俣病の原因がまだはっきりしなかった頃から、水俣病は空気などを通じて人から人へうつる
と誤解され、患者が出た家庭には、人々が近づかなかったり、就職・結婚が断られるなどの差別
がありました。これらのいわれのない差別や偏見(かたよった見方)は、被害者や家族を大変苦
しめました。



<引用>
熊本県庁のホームページより。
http://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/41203.pdf


長くなりますので次に続きます。

2011年4月18日月曜日

今日の授業の感想

今日は2回目の演習でした。みんなでするディスカッションは、普段自分の意見を理由付けまでしてはっきりと考えることがないため、とても良い刺激になります。みんなしっかりと自分の意見を述べていて、なるほどなーと思わされます。
 それから、1番強く思ったことがあります。それは、原発事故関連のことや日本の政府について自国の事柄であるのに自分自身の知識が薄いということです。だから、ディスカッションの質問について考える時に政府の情報のこと等、詳しくは知らないままで自分の意見を持たなければならなくなることが多くありました。これを反省にして積極的に新聞を読んだり、テレビでもニュースを観たりして普段から自分はどう思うのか、ということを意識したいと思います。